mikotohodo-三言ほど-

くだらない雑談と小さな情報を日常に

かききるセンス


かききるセンス。

僕はよく記事を残り最後の一行というところで消すことが多い。大半が記事のタイトルとは全く関係の無い余談を書いてる時点でかなり満足している。

スタンス的にそうなのだ。余談。記事の概要文。最後の一行。これが僕の記事の全て。

余談を書き終えた頃に、まだ本編を書いていないのに記事の概要文を考える。この時点で自己満足度8割を超える。


買い物した時のビニール袋が薄い

つい最近というわけではないのですが、このビニール袋が商品の角が少し当たったくらいで破けてしまう事がある。僕としては、気を付けなければよくある事となっている。

僕はゴミをまとめるためにゴミ袋を買っている。しかし、買い物した時に得られる買い物袋/ビニール袋もゴミをまとめる時によく使う。その袋に破れが生じていると、少しの破れでも物理的にたいして問題がなくとも、気持ち的にゴミを入れるのがとても嫌だ。

ちょこんと何かの角が当たるくらいで破れてしまうようになった買い物袋とは、現在の日本経済のようなものだ。

そして昨日は『最近の買い物袋は極薄だ』ということを『何かの極薄』とかけて、「極薄とは扱い方によっては非常に危うい物だ」みたいな事を書いた記事のオチの一行を書けなくて全消しした。

ある一定のレベルに到達するまでは、かききる事に重点をおいた「かきおえる」という事はセンスであり、レベルであり、ランクである。と、僕は一人で納得していた。

そして、『かききる』とは書ききるでもあり、描ききるでもある。


いいですか。「この人はいったい何が言いたいのだろうか」と言った疑問を持たないでほしい。なぜならば、僕自身がふざけた記事を書く人ではなく、ふざけた人であり、この記事は最近深夜アクセスが多いこともあり、『就寝間際』の横になって適当に記事を巡回しているであろう。とそんな人に宛てたただの下ネタだからだ


ただ、ビニール袋が薄くなった。という部分は共感を得たい所ではある。