mikotohodo-三言ほど-

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僕たちの庭キャン△には志摩リンはいない

そういえば、いまさら言うのもアレですが、キャンプをしてる映像を見る機会が増えましたよね。
YouTubeでもブログでも書かれている方いますよね。

僕はあれが好きです。ゆるキャン△
りんちゃんが良い味をだしてますが、りんちゃんのおじいさんもなかなか。



ゆるキャン△ 志摩リン ステンレスマグカップ


さて、テントを建てる機会。人によって様々ですよね。
僕はよく庭にテントを建てていました。そう、庭キャン△

とかなんとか前置きをしたところで本題。

僕、庭キャンパーだったのですが、地元の友人から「そういや俺たちって庭キャンしてたよな」からの想い出話が熱うざい。

庭キャン。やってみると庭キャンもそれなりに楽しいです。秘密基地感覚ですし、悪いことをしているわけではないので、叱られる心配が無いのがまた良い。

テントの中にテレビを持ち込んでその中でみんなでゲームをやるわけです。徹夜ですよ。
お腹が空いたら家に戻って食料の調達。

やってることは大目に見てサバイバルです。

そんなのサバイバルじゃない!なんて思われるでしょうけど、基本的には家の中(現地)からの調達なのですが、たまには外で料理とかしてましたよ。庭で。

炭はなんか沢山あったので、コンクリートのブロックを四角に囲ってその中に炭を入れて、上に鉄板置いたらもう肉焼けちゃうんです。

当たり前の話だけどな。


ただ、子供のころは結構それが楽しくて、ゲームしてる時はもちろん楽しいけど、適当に炭をブロックで囲っただけの上に鉄板置いただけで肉焼けちゃうぜキャッキャなわけです(小学生の頃の話)


それが久しぶりに連絡してきた地元の友人が俺たち庭キャンしてたよな、ゆるキャンを先取りしてたよな、なんて2時間も熱く語るのだから困ったものです。


ただ、あの頃の楽しむことに対しての全力はものすごいエネルギーだったとは思う。

いま仕事でも、プライベートでも、その他の手を付けていることでも、本気でやってはいる部分もあるし、全力っちゃ全力で取り組んではいるのだけど、あの頃の性欲にも負けず劣らず、勝るとも劣らないようなエネルギーはいったいどこに行ってしまったのだろうか、なんて改めて友人からのうざったい連絡をきっかけに考えたりもしたり。

いつの間にか、出る杭は打たれるを避けるかのように、息を潜めて周りの様子を伺いながら生きるようになってしまったなぁ…なんて事も改めて思う。それが大人なのかもしれないし、そうではないかもしれない。

友人は通話の最後にまたキャンプやろうぜなんて言い放ち、とりあえず「うん」とは言ったけどあと2、3年は帰りたくはないなとは思った。


だってさ、友人の出来上がった頭の中には志摩リンはいるけど、どう考えたって現実の俺たちのキャンプには志摩リンは居ないのだから。